Taki Wasi 2, Tarapoto, Peru
・・・苦行のヤワルパンガと、癒しのアヤワスカセッション

 セッションのある火曜日、朝、空腹で目が覚める。アヤワスカセッションの前24時間は食事が禁じられている。前日の夕食1食抜いただけなのに、無性に腹が減る。都内の自分の部屋で過ごす休日は、気が付いたら朝から何にも食べてなかった、なんてことも珍しくないのに。発汗でそんなにエネルギーを使うのか。水を飲んで空腹感を紛らわせる。前回のSoncco wasiでのセッションで、セッション前の食料摂取がいかに恐ろしいか、イヤってほど思い知らされたので、今回は言われた通り守ることにした。それにしても腹が減る。こんなんで今日一日持つのだろうか。
 昼過ぎに、タキワシに出かける。ヤワルパンガのためだ。ヤワルパンガとは、腹の中のものを完全に空っぽにして清める、アヤワスカセッションの下準備のような儀式だ。青汁よりも苦いヤワルパンガ(付近に生息する薬草)を吐き気を堪えて飲み込み、あとはひたすら水を飲んでは吐き出すという胃の洗浄行為を繰り返すという苦行。
 玄関の揺り椅子に腰掛けて待っていると、ポツポツと参加者が集まりだした。白人、インディオ、入り混じっている。なかでも一際目立つ男がいた。年のころは30後半〜40代といったところか。つかみにくい。白いものが混じった縮れ毛は相当長いし、量も多い。うしろで縛っているのだが、馬の尻尾どこか、まるで竹ぼうきだ。首を横に振るたび、この巨大な竹ぼうきが、ぶうん、と空を切る。身の丈は、俺よりも明らかに大きいので、190cmはありそう。痩せ型だが姿勢は良い。インディオにしては彫りが浅いし、かといって東洋人とは明らかに異なる人相。聞けば、オアフから来たという。名前をレオといい、ハワイアンネイティブだそうだ。それだけではない。この男、やはりただものではなかった。ちょうど会い向かいにある揺り椅子に座ると、大きな目をくりくりさせながら、流暢な英語で話しかけてきた。

「日本から来たの?」
「そうだけど、そうして分かるの?」
「日本には何度も行ったからね」
「へぇ〜、観光で?」
「うん、それもあるけど、従兄弟が住んでるから、よく遊びにいったんだ」
「あ、そう、従兄弟は日本人なの?」
「いや、彼もハワイアンだけど、仕事でね」
「ふうん」
「高見山って知ってる?」
「???知ってるけど・・・、!!!まさか!」
レオはにんまり
「従兄弟って、まさか高見山?!」

 そうなのである。従兄弟とは元関脇、丸八のCM(古いな・・・)でもお馴染みの高見山関のことだったのである。さっきも書いたとおり、すらっと伸びた身長は俺よりスリムだし、力士の片鱗も感じさせないが、なるほど言われてみると面影がないとも言い切れない・・・、かも。ハワイを出たのは数年前で、以降、北米、南米と旅してきたという。アヤワスカはアルゼンチンで一度体験したとのこと。アルゼンチンにもあるのか。異形の風貌に加えて、思慮深そうな目つきが印象的。アルゼンチンから一緒だというオーストラリアから来たクリスと共に久し振りの英語の会話が弾む。次に来たのはインディオの男性。地元の人とのこと。マロカに移動してからインド人女性が遅れて加わった。後に聞いたが、フランス人でここでのセッションが気に入ったらしく既に20回近く受けている。ヤワルパンガは我々5人、そして今回我々の道先案内をしてくれるシャーマン、ルイスで始められた。
 ルイスを囲むように参加者5人は壁を背に小さな椅子に座る。傍らには、なみなみと水の汲まれたプラスチック製のジョッキと空のバケツが置かれている。まずルイスが煙草を使って、マロカを清める。ゴンザレスのところと同じだ。それから、ヤワルパンガをおちょこほどのカップに注ぎ、同じ様に清める。端から順に呼ばれ、清めたヤワルパンガをひと息に呑む。本当にマズイ。青汁の300倍くらいまずい。鼻先に持ってきた時点で吐き気がするが、それを我慢して口に流し込む。さらに大きな吐き気がこみ上げてくる。ゴクンとヤワルパンガを飲み込むと胃が明らかに拒絶反応を示している。すかさず、ジョッキに汲まれた水を飲み始める。半分ほど飲んだところで第一波が来た。大瀑布。空のバケツに吐き出す。あとはもうひたすら水を飲んでは吐く。ジョッキの水が無くなると黙っててもお代わりがくる。隣のレオを見ると、思慮深そうな目に涙を貯めてジョッキをあおっている。インディアンパリジェンヌも必死に吐いている。老若男女、古今東西、ゲーゲー吐いている。生ビールならこんなジョッキの5,6杯はトイレに行かなくても飲めてしまうが、そうは行かない。2杯目の途中から、なかなか進まなくなった。徐々に吐くのが辛くなってくる。3杯目のお代わりが注がれたときに堪らず聞いた。

「あと何杯飲んだら、いや吐いたらいいんだ?」
無慈悲な答えが返ってきた。
「これを飲み切ったら教えてやる」

 4杯目を飲み切ったところでお許しが出た。ヤワルパンガの緑にうっすら染まった嘔吐物がバケツを埋めている。つくづく思った。人間の喉には逆止弁が付いており、逆方向に吐き出すのはとても不自然で難儀なことなのだ。レオは俺と殆ど同時に飲み終えたが、他の参加者はまだまだ終わりそうにない。とくにクリスたち女の子は大変そうだ。いくら女性に優しいとはいえ、残念ながらこればっかりは手伝えない。必死の形相の皆に別れを告げてマロカを出た。廊下を歩いていくと、向こうからデビットが歩いてきた。

「ヤワルパンガはどうした?」
「もう終わったよ」
「?!もう?ずいぶん早いな!3杯飲んだんだろうな?」
「?3杯?4杯飲まされたけど・・・。」
「ハッハッハ!じゃぁ1杯はサービスだ。気をつけろよ。下の方はずっと続くぞ」
「???」

 タキワシの門を出る時にデビットの忠告が分かった。拒否してるのは胃だけじゃない。腸や肛門も一刻もはやくこの異物を体外に出そうと一生懸命なのだ。急いでセンター内に引き返し、トイレに駆け込んだ。


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 夜10時頃、宿を出てタキワシに向かった。空腹はもはや感じず、体が軽くなったようにすら思える。昼間、タキワシのトイレからやっとのことで出てきたが、宿に帰る道は緊張の連続だった。断崖絶壁に刻まれた幅10cmの道を渡り歩いてきたような心象だった。部屋に戻るとあとはベットとトイレの往復だった。便器に溜まるのは、ヤワルパンガでバケツに溜まったものと同じものだった。いま自分の体の中には何も入ってないんだと思った。前日の食べ残しも宿便ですら、今の俺の体内には残っていない。何だか少し清らかな気がした。
 まず、シャワールームで薬草を漬け込んだ水で体を流す。ミントやハーブ、その他、森の植物だろうか、すごく爽やかな香りが漂う。たらいに湛えられた水を桶で汲み、頭、顔、体を洗い流す。タオルなどで拭くことは禁じられているので、びちゃびちゃのまま服を着る。髪の長い女の子は大変だ。全員の沐浴が済んで、マロカへ。センターの職員何人かが加わる。良くみると、皆の服装がものものしい。というか暑そうである。長袖、長ズボンに靴下まで履いている。レオが、アーミーパンツを捲った俺の脚を怪訝そうに見ながら言った。

「お前、虫に刺されたいの?」
「!!!」

先に言ってくれよー!!!どうして今頃言うのさぁ!あ!ひょっとして、「ほら、これ履けよ」って用意してくれてたり!
するはずもなく、仕方ないので、捲り上げてたアーミーパンツを下ろし、虫の侵入を防ぐため裾の紐を絞って縛った。
 ほどなくルイスが入ってきた。アシスタントらしき人物も一緒に入ってくる。ヤワルパンガからの参加者に加えてセンターの職員、ルイス、アシスタント、10人近い人数でマロカの中で円を描くようにして座る。作法は基本的にSoncco wasiと同じだ。ルイスが場を清め、アヤワスカを清め、それを参加者全員が飲み干し、明かりを消して、イカロが始まる。イカロとはセッションの間中、シャーマンが歌い続ける歌のこと。仏教で言うお経みたいなもの。Sonco wasiのセッションと唯一違うのは、このイカロ。そもそもイカロはシャーマンがそれぞれ自分の曲(アレンジ?)を持っていて、同じイカロを複数のシャーマンが歌うことはないという。ゴンザレスは楽器を用いていたが、ルイスは用いない。何かの枝で作ったうちわのようなものを片手に持って調子をとるだけ。素朴だが力強いイカロだ。セッション中の姿勢についても、Sonco wasiではリラックス出来るならどんな姿勢もオッケーだったのに対し、ここでは姿勢を崩すことは原則として許されない。
 最初のうちは足の虫刺されが気になって集中できない。レオの指摘通りだった。露出している足首から下が相当刺されている。掻きむしる手を止められない。それでも、ルイスのイカロを聞いているうち、痒さも紛れてきた。頭がとろんとして、感覚が鈍る。一瞬、お腹は?と不安になったがどうやら大丈夫そうだ。Sonco wasiの時のような急激な変化はない。徐々に徐々にトランス状態に入り込んでいくようだ。
 しばらくして、自分の姿勢が崩れていることに気が付いた。それだけじゃない、自分の口が大きく開いたままになっている。明かりが消えてるからまだ良かったが、もし誰かが見ていたら、さぞ間抜け面だっただろう。もしかしたら精霊が見てて笑いをこらえていたかも知れない。姿勢を正し座りなおす。やがて、最初のビジョンを見た。自分が岩になっている。さっきまで開かれていた口は閉じられ、固く歯を噛み締めているのが自分でも分かる。ギリギリと音が聞こえてくるほどだ。やがて、岩が大きくなっていき、巨石に、そして岩山へと変化していく。ゴツゴツした岩の体はいつしか柔らかい土も混じっている。大きな木が何本も立っている。いつしか、自分は木の根っこになっている。次第に幹から枝葉へと木の生育と共に俺も変化していく。というか、俺の変化が木の生育のようだ。大きく広げた枝葉はいつしか雲になり、果てしない雲海へ。暫くすると、海になっていた。波の音が聞こえる、と思っていたら、実は自分の呼吸の音だった。いびきでもないのにどうしてこんな大きな音が出るのか不思議だった。いや、実際に音が出ていたのか?自分が聞こえただけなのかもしれない。いづれにしても物凄く深い呼吸だった。いくらでも吸い込むことが出来て、いくらでも吐き出すことが出来そうな気がした。
 程なく次のビジョンを見た。目の前に突っ立った二本の木。やがて、その木が動き出す。木だと思っていたものはどうやら蛇だった。茶色の大蛇である。絡みつきながら、上に伸びてゆく。慌ててしがみつく。二匹の大蛇はどんどん天空目指して伸びていく。まるで豆の木にしがみついたジャックだ。蛇は上昇を続け、やがて雲に突入。雲を抜けると見渡す限りの雲海。中国の水墨画に出てくるような岩塔が雲海から頭を出している風景が広がる。昔、中国の黄山で見た景色に似ている。大蛇はそこで止まる。しばらく景色に見とれていると、クリオネのような、天使のような、得体の知れないものがパタパタと飛んでくる。全身まっ白な布を被っている姿はオバQを思わせる。ただ、体の真ん中に真っ赤なハートが点滅している。どうやら心臓らしい。あとで思いついたことだが、ミカエルだったようにも思う。ともかく、彼(彼女)に連れられ、パタパタと飛んでゆく。やがて降り立ったのはユートピアのような土地。うっそうとした草原に色鮮やかな花が咲き零れている。全体に薄いもやがかかっているようだが、遠くの山もしっかりとその輪郭を捉えることが出来る。色んな動物が見え隠れしている。近くの小川に近づいてゆくと、中州にキツネがいる。キツネを見ているうちに、自分はその中州に咲く一輪の花になっていた。
 セッションの終わりの方でもうひとつビジョンを見た。アニメのハイジに出てきそうな、丘の上を歩いていくと向こうからミツがやってくる。ミツとは田舎の友達で、もう10数年来の仲である。ミツの姿を見つけると一目散に駆け寄っていく。走っているうちに自分が犬だということに気づく。向こうから走って来るミツもまた犬である。俺たちはまさに子犬のようにじゃれあう。噛み付き、蹴飛ばし、逃げ、追う。丘陵を我が物顔で駆け回る。お互い声は発しないが、表情で相手が喜んでいるのが分かる。今思えば、恐ろしい限りだが、アイツの顔はリアルに犬顔だった。何を会話してたかまったく憶えてないけど、とにかく懐かしくて嬉しかったことだけは憶えている。途中、ルイスに呼ばれて、ルイスの前に座った。彼が片手にイカロの調子をとっていた団扇を、今度は俺の頭でバサバサやりはじめた。何かのまじないらしい。

「誰か一緒にいるのか?」
突然、ルイスが小声で尋ねた。びっくりしたが、ゆっくりこたえた。

「はい、親しい友人がすぐ隣にいます」

ルイスは頷くと何事か唱えたあとで、香水のようなものを頭の上から掛け、もとの席に戻るように言った。
やがて、イカロのテンポが徐々にゆったりしていき、セッションは終わった。ルイスが、グラシアスと言ったのに対して、全員が、グラシアス、マエストロ(masterの意味、シャーマンに対する敬愛を込めた呼びかけ)、と応えた。まず小さな豆電球が点けられた。ごくごく小さな電球で、マロカの中はまだまだ暗いのに、すごく目にしみる。それだけじゃない。体がぐったりしていて、座り込んだ姿勢を維持しているのもやっとの思いだ。堪え切れず仰向けに横になる。心地よい疲労感とでもいったらいいのだろうか。体はぐったりしているが、頭は逆にすっきりしている。体を横たえていると、ルイスが帰り支度を始めた。必死で立ち上がり、礼を言うとハグしてくれた。ゴンザレスの時もそうだったが、恐ろしく胸が暖かい。ポカポカしている。ルイスが去った後、どれくらい経ったろう。やがて、他の参加者も帰り支度を始めたので、俺も帰ることにした。ここで朝まで寝ていてもいいのだが、これ以上、虫に刺されるのはゴメンだ。帰り道、レオが言った。

「今日のセッションは自分には合わなかった、殆ど何も感じなかった。君はどうだった?」
「う〜ん、激しさはなかったけど、幾つかビジョン見たし、俺にとっては癒しのセッションだったかな。」
セッションの途中、女性の泣き声が聞こえた。クリスかインディアンパリジェンヌのどちらかだろう。アヤワスカは参加者それぞれに異なる世界を見させる。それは人によって激しかったり、穏やかだったりするし、試練であったり、癒しであったりもする(たぶん)。Soncco wasiの時のような強烈さはなかったけど、辛さもなかった。と言っても何も感じなかった訳でもない。これもアヤワスカなんだと妙に納得する帰り道、振り返ると東の空が白み始めていた。

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