Soncco Wasi 2, Tarapoto, Peru
・・・クソとゲロにまみれたアヤワスカセッション

 翌日、緑の門をくぐってセッションを行う小屋に行ってみると、既に数人の参加者が来ていた。30代半ばくらいの男性が二人、同じ年くらいの女性がひとり、20代っぽいにいちゃんがひとり。小屋の中は白とベージュを基調とした土間になっていた。8角形(か16角形)をした土間を囲むように幾つかの小部屋があるようで、いくつもドアが並んでいる。トイレも隣接しており、なぜかシャワーもついた立派なものだ。コンクリートの床に座椅子のようなソファが7,8個、壁を背にしてぐるりと並べられていて、皆、そのソファに横たわり、めいめいくつろいでいる。僕はゴンザレスの隣のソファに横になった。
 奥さんがせっせと準備を進める。セッションに必要なものが次から次へと、ゴンザレスのソファの前に配されていく。ペットボトルに入ったコーヒー牛乳色の液体がソファの前に置かれた。アヤワスカだ。なるべく空気との接触を避けるため、べこっとへこませた状態で栓がしてある。不自然な形にねじれたコーヒー牛乳色のペットボトルは干乾びつつある古木を思わせる。生まれて初めてのスペシャルな経験を前に、その経験へ誘ってくれる古木色の液体を食い入るように見つめてしまう。
 しばらくしてゴンザレスが現れた。まっ白いシャツにまっ白のスラックス。浅黒い肌がいっそう際立って見えるほどに綺麗な純白である。まず、それぞれの参加者に声をかける。僕にも、体調をたずねた。その後、トイレの位置の確認や、セッション中の注意事項を説明する。それが終わると準備を始めた。まず、煙草に火をつけ室内に煙をはいて場を清める。ずいぶん念入りに清める。次に小屋の周りも清める。数歩進んでは立ち止まり、何事か呟きながら祈り、そして煙をはく。小屋の外周の清めが終わると、いよいよアヤワスカの出番。
 おちょことぐい呑みのちょうど真ん中くらいの大きさの杯にアヤワスカが注がれる。これにも祈りを込め、煙草の煙をふきつける。それを奥さんが僕の前に持ってきた。うやうやしく受け取り、鼻先に持ってくると何ともいえない匂いが鼻腔をついた。あれこれ考えず、思い切って一息に飲む。ええいままよ!ごくり。ぐぇぇぇ!不味い!独特の青臭さと強い酸味が、口と食道に充満する。たぶん、とんでもないものを飲んでしまったんだ、となんとなく思うのだけれど、体に変化が現れないので、実感が無い。次々に杯がまわされ、参加者全員が飲む。最後にゴンザレスが飲み、いよいよセッションの開始である。
 電気が消され、厳粛なしかし、どこか親密な空気が辺りを覆う。ゴンザレスがイカロを歌いだした。よく通る声で、独特のこぶしまわしで歌う。僕は半迦で座り、上半身の力を抜き、イカロにあわせて軽く体を揺らしていた。変化は20分ほどで現れた。あくびが続いたあとで手足の感覚が鈍くなってきた。皮膚の感覚器官がサボりだしたようだ。意識ははっきりしていたが、脳以外の自分の体が自分のものでないような気がしてくる。ふわふわした感覚でイカロを聞いていると、突然悪夢が襲った。

 「うっ!やべぇ、糞したくなってきた・・・。」

 これからって時になんてこった。こんなことなら朝から抜いてくるんだった。あとの祭りである。しかし、セッション中に脱糞なんてことになったら、恥ずかしいだけでなく、セッションをぶち壊し皆に迷惑をかけてしまう。ここは一時j、戦線離脱してトイレに行くしかあるまい。
 立てるか、一瞬不安に思ったが、足腰はまだしっかりしていた。おぼろげな手つきで靴をはき、おぼろげな足取りでトイレに向かった。ふう。かなり下痢っぽい。う〜ん、う〜ん力んでいると更なる悪夢が襲った。

 「うっ!やべぇ、気持ち悪くなってきた・・・。」

 猛烈な吐き気が突然、胸元を突き上げる。
 う、う、うろろろろろろろろろおおおお!
 殆ど、何の抵抗も出来ずに吐瀉物が足元に飛び散った。余りに突然のことで呆然としていると、本格的なトランスに入っていった。まず、ちりちりちりというノイズ。レコードの埃を針が拾うような音が、もっともっと細かく微細な音として耳につく。壁を隔てたセッション会場からは相変わらず、ゴンザレスのイカロが聞こえてくる。最初は何の楽器も使わずに歌っていたが、今は太鼓のようなものでリズムをとりながら歌っている。その太鼓の音が渦巻いてこちらに迫ってくる。視覚に変化が現れたときには、意識もだいぶ朦朧としてきた。うっすら月夜が照らすトイレの中の景色が真っ赤に染まる。まるで非常灯に照らされているよう。記憶と感覚がどんどん曖昧になっていく。それがとてつもない不安を引きずり出す。

 あれ?いま何してるんだっけ?あ、そうか、トイレでウンコしてたんだ。え?ウンコってなんだっけ?あ、そうか、ウンコは生きて行くために排泄しなきゃならない不純物だ。うん?なんでこんなポーズとってんだっけ?そうか洋式便器はこうやって座るもんだった。へ?洋式便器ってなに?そうか和式と区別される西洋で一般的な便器の様式のことか。は?和式って?西洋って?
一般的って?
区別って?
様式って?
 ヤバイ!飛びそう・・・。いや、待て待て、落着け落着け。俺はどんな時でも分別がつく人間じゃないか。落着いて考えてみよう。落着いて考えてみれば、何でも分かってくるさ。自分を見失うなんてことは有り得ない。落着いて考えてみれば済むことだ。
 オチツイテカンガエルって?
 ブンベツって?
 ワカルって?
 ちりちりちり・・・というノイズ音。渦巻く太鼓とイカロの歌声。

 ここどこ?
 どこでもない

 おれだれ?
 だれでもない

 いまいつ?
 いつでもない

人間が作り出した様式や制度がいかに一面的な捉え方でしかないか、概念や理屈で捉えることがいかに不確実なものか、何べんも何べんも思い知らされた気がする。あらゆる線引きの線が無くなり、位置関係が滅茶苦茶になる。

 突然、何かが頭をつかむ。ゴンザレスの手だった。何か唱えながら両手で俺の頭をつかんで時折ブルっと振る。耳元で何か囁くが意味が理解できない。たぶん、大丈夫か?とか聞いてるんだろう。意識を集中してやっとオーケーと言えた。やがてゴンザレスは会場に戻っていった。

 再び、思考の溶解。
 なんだ?目の前に飛び散っている汚物は?
 なんでケツ出してんだ?俺は?
 いい加減、ケツを拭こうと思ってトイレットペーパーに手を伸ばすが、うまく切れ端をつかむことが出来ない。何度か手を伸ばすがどうしてもうまくゆかない。

 ビジョンを見た。
 視界に写る便所の中の景色が、黒とピンクの唐松模様に侵食されていく。点滅するカーソルが縦横無尽に辺りを駆け巡り、黒とピンクの唐松模様に変えてゆく。やがて、視界の殆どが唐松模様になってしまう。ふと自分の体を見ると、自分の体も半分近く侵食されている。ウンコとゲロ、下から上から吐き出した自分の体の、表も裏も唐松模様に侵食されている実感をぼんやりと、しかし確実に感じる。最初は侵食されてしまうのが怖かった。しかし、徐々にそれは心地よさに変わっていく。砂風呂にはいるような、田植え時の田んぼに体を埋めるような、大地との一体感と安堵感。
 侵食が進むほどに、考えることが億劫になってくる。やがて、視界が塗りつぶされ、自分の身体も、頭を除いて唐松模様に塗りつぶされる。頭が塗りつぶされる時、ほんの少し未練が残った。でも、カーソルは躊躇無く塗りつぶしていった。
 一切が黒とピンクの唐松模様に塗りつぶされたその刹那、ひとつのヴィジョンが見えてきた。
 極彩色のジャングル。うっそうとした緑にくわえて、赤、黄色、青、ピンク、紫、の一筆書きのようなジャングルの景色がこっちに近づいてくる。近づいたジャングルの中には、同じく極彩色の一筆書きで描かれた猿が何匹もいてこっちを見ている。 見入ってしまう自分。見つめ返すサルたち。

 気がつくと、トイレにしゃがみ込んだままだった。口をぼんやりと開いたまま、便所の床に両手を着いて項垂れて、呆けていた。だんだん意識と感覚が戻ってきた。誰かが傍らに佇んでいた。前日、応対してくれた青年だった。大丈夫か?と何度も尋ねていた。大丈夫だと応えると、あとででいいから片付けるようにと言われた。ようようケツを拭き、吐瀉物を拭き取り、会場に戻った。ソファに横になるとなんともいえない気だるさに襲われた。虫の鳴き声がとても近くに感じられた。ゴンザレスのイカロは再び楽器を用いない歌だけになっていた。ハミングを聞いてると、むかし学校帰りに見た夕焼けを思い出した。初めて聞く歌なのにたまらなく懐かしい何かを引きずり出されているような気がした。それが何なのか分からないけど、セッションが終わりに近づいているってことは直感で分かっていた。

 セッションが終わり、灯りが点けられた。皆、心なしかすっきりした顔つきをしている。セッションの途中、泣き声や唸り声が聞こえたような気がしたが、それが嘘だったかのように参加者全員が妙にすがすがしい表情している。時計を見ると、深夜の2時を回っていた。約6時間が経っていた。
 俺はバックをつかんで立ち上がり、ゴンザレスに握手した。

 「昨日、あなたが言った通り凄い体験でした。間違いなく生まれて初めての体験ですよ。ありがとう。」

 ゴンザレスは厚い胸板で俺を抱きこう言った。

 「I never forget you even long future. You can return here anytime.」

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